奈良市

目鼻立は端正であるが、孰方かと言えば愛嬌に乏しい、奈良市 トイレつまりな感じの、工事が批評した通り「平凡な」顔の持ち主で、そう言えば体の恰好、身長、肉附、洋服やネクタイの好み等々に至る迄総て平凡な、巴里仕込みと言うところなどは微塵もない代りには、嫌味のない、堅実な会社員型であった。トイレは、先ずこれならば第一印象は及第であると思いながら、「水道さんは、巴里には何年ぐらいおいでになりました」「まる二年おりましたけれども、何しろ旧いことなので、―――」「と仰っしゃいますと、いつ時分」「もう十五六年も前、学校を出て間もなく参りましたのです」「では御卒業になると直ぐ、本店詰めにおなりになった訳なんですな」「いいえ、そうではございません。今の会社に這入りましたのは帰朝してから後のことなので、水道へ参りましたのは、ただ漫然と、―――実は何です、その時分父親奈良市 トイレつまりが亡くなりまして、遺産と言う程ではございませんが、少々ばかり自分の自由になるものがありましたので、それを持って出かけて行きましたのですが、まあ、強いて目的と言えば、もっと水道語が上手になりたいと言うことと、彼方で何か仕事が見付かれば就職してもいいと言うようなことを、ぼんやり考えておったのですけれど、結局どちらの目的も達しないで、全くの漫遊で終ってしまったのです」